妻垣神社 式年祭

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年式年大祭奉賛芳名板設置

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年式年大祭奉賛芳名板設置

今次式年祭を斎行するにあたり、実行委員会では趣意書を作成し、平成26年4月1日より平成28年3月31日の足掛け2年にわたって奉賛活動を展開して参りました。
おかげさまで氏子の皆様を始め、当社をご崇敬下さいます方々より、多くのご奉賛が集まりました。
皆様の名前・金額を記載しました「芳名帳」は、昨年10月の奉祝祭にて、御神前にご奉納申し上げましたが、それでは普段中々見ることは叶いません。いつでも見られるようにしてほしいとのご意見が寄せられましたので、今度、「芳名板」を作成し、拝殿東側に掲げさせて戴きました。併せまして、記念の奉納品に就きましても、同様に記載しております。
ご参拝の際には、是非一度ご覧戴ければと思います。

妻垣神社 実行委員会解散式

昨年盛大な中に執り了めました 御社殿創建千二百五十年祭の全事業が完遂したことを受けて、
去る3月26日、実行委員会解散式を当社遺族会館にて執り行いました。
解散式に先立ち、決算会が行なわれ、記念事業並びに奉賛金等の支出入の会計報告が事務局より提案され、満場一致で承認されました。
衛藤委員長より「委員長を仰せつかり、その重責の中、活動を行なって参りましたが、中でも金銭のやりくりには大変頭を悩まされました。しかしながら、我々が当初計画していた以上の事ができましたことは、委員の皆様を始め、氏子崇敬者の並々ならぬご尽力、また神社への崇敬の賜物だと思います。本当にありがとうございました。」とあいさつ。

妻垣神社 実行委員会解散式
引き続いての解散式では、実行委員会が発足して以降の活動内容が報告され、同様に承認されました。
最後に会を解散するにあたり、今後更なる神社の隆昌並びに護持を確認し、尚且つ未来の神社を担う人づくりを行なう事を決意する決議文を承認され、会を代表して衛藤実行委員長が決議文を朗読。
一同拍手をもって解散しました。

妻垣神社 決議文

比咩大神と八幡大神ゆかりのこの安心院妻垣の地に、天平神護元年(765)10月8日、宇佐宮の八幡大神は勅使石川朝臣豊成に対し『この地に社殿を設け我を祀るように』との御神託を下されてより、妻垣神社にとって昨年は1250年の節目の年となった。

ふり返れば、当社は宇佐宮の行幸会・式年造替等に併せて、社殿の造替や修繕を繰り返してきた(江戸期には十数回)。明治期には「県社」に列せられ、氏子を中心に50年毎の式年祭を執り行い、明治の千百五十年祭では申殿の造営。昭和の千二百年祭では、本殿を始めとする全ての建物の大改修を行う等、社殿の修繕護持に務めてきた。

祖先たちが護り継いできた妻垣神社の千二百五十年祭を平成27年に迎えるにあたり、5年前より様々な環境整備に努めてきた。
参拝者記帳簿の設置、神社オリジナル絵馬の作成、途絶えようとしているおはやしのCD制作、先の大戦で供出した釣鐘の一時的里帰りの実現、御手洗の改築、松本清張や騰宮學館と当社の関係を示す本の出版や説明看板の設置、神社由緒看板の設置、シャクナゲの継続植栽、境内樹木の枝打ちや間伐、秋季大祭に併せての句会や安心院高校生によるお茶会の誘致等々、皆様に気持ち良く参拝して戴けるよう努め、その結果、氏子を始め遠近より詣でる崇敬者の数は年々増え、昨年氏子外だけで約1000人を超える参拝者数となっている。

今次の奉賛活動においては当委員会の努力の結果、氏子を始め崇敬者から多くの奉賛金を頂戴し、当初の計画を上回る多くの事業が展開でき、昨年の2月、9月の遷座祭、10月24日・25日の奉祝祭を盛大な中に無事執り了めることができた。大神様の御神徳を始め、氏子崇敬者に感謝するところである。

しかしながら、超少子高齢化の現状を考えると、神社の護持運営は今後更に厳しくなるのは必定である。此度、実行委員会を解散するにあたり、我々は今期の活動のみで終わるのではなく、更なる神社の隆昌、地域の発展を願い、未来を担う若者達にこの素晴らしい伝統文化を継承し、育んでいく事を今後の使命と確認し、その役目を終える事とする。

妻垣神社 決議文

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年 式年大祭 奉祝祭・奉祝行事
妻垣神社 千二百五十年祭式年大祭

10月24日、今次式年祭の集大成となる御社殿創建千二百五十年式年大祭奉祝祭が斎行されました。祭典には大分県神社庁後藤吉雄副庁長、宇佐神宮永弘健二権宮司、全国八幡連合安東富士雄大分県本部長を始め、支部神職、氏子崇敬者・奉賛者等、約100名が参列、事業の完成を祝いました。祭典後には事業報告会も行われ、社殿の改修、社務所の改築工事等の記念事業の経緯が報告されました。

妻垣神社 千二百五十年祭式年大祭

翌25日には、奉祝行事が執り行われ、地元安心院高校和太鼓部和香葉の奉納太鼓や同校茶道部のお茶会・献茶式、神輿の御神幸、神楽の奉納、もちまきなどが終日おこなわれ、境内は多くの人で賑わいました。また今年は約30年ぶりに三基の神輿が同時に担がれ、大祭に華を添えました。

妻垣神社 千二百五十年祭式年大祭

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年 式年大祭 本殿遷座祭斉行

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年 式年大祭 本殿遷座祭斉行

以前ご紹介しております通り、今次記念営繕事業の一つである社殿の改修工事を行なうにあたり、昨年2月27日に仮殿遷座祭を斎行。その後、約半年間の工事を経て、9月27日、大神様に御本殿へとお還りいただく本殿遷座祭が斎行されました。この日は中秋の名月、そして月が地球に最も近づくスーパームーンにあたり、午後7時、雲ひとつない秋の夜空には、共鑰山の山すそより少しづつ月が昇り始めてゆきます。

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年 式年大祭 本殿遷座祭斉行
神事には是永修治宇佐市長を始め、支部の神職、氏子崇敬者等、約150人が参列。月明かりと提灯の明かりで照らされた参道を、「オー」という神職の警蹕の声、雅楽の音のみが鳴り響く中、御神体を捧持した神職を総代が絹垣で覆い、その後を氏子崇敬者が列をなして竣工した社殿へと進み、無事、本殿へと入御されました。厳粛な神事を体験された参列者の中には、感動のあまり涙を流された方もいらっしゃったそうです。
また本殿遷座祭を祝して衛藤博幸実行委員長による妻垣神社を吟じたオリジナルの詩吟の奉納もおこなわれました。

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年 式年大祭 本殿遷座祭斉行

神事の模様は、動画サイトyoutube(小野計一氏制作)でご覧戴けます。

妻垣神社 千二百五十年祭記念事業進捗状況報告

千二百五十年祭の記念事業、社殿の修繕工事が本年3月1日より始まりました。
現在までの工事の進捗状況は次の通りです。

妻垣神社 千二百五十年祭記念事業進捗状況報告
①拝殿
屋根瓦の葺き替え工事。3月から取り掛かり5月に工事が完了。かつてはセメント瓦のため、雨水を多く吸い込んでしまうことより、内部の傷みはだいぶ進行していると予想していましたが、思ったほどの損傷は少なく数カ所の補修のみとなりました。

妻垣神社 千二百五十年祭記念事業進捗状況報告
②申殿
天井、床の張替工事。天井は現在工事中。床は損傷が最も激しく全てを撤去。床下に関しては柱をのせる礎石が4カ所しかなかった為、数を増やして補強。7月中には床の張替が完了しました。

妻垣神社 千二百五十年祭記念事業進捗状況報告
③西門
屋根瓦の葺き替え工事。当初は屋根部分のみの予定でしたが、作業を進めていく中で柱の腐食が想定していた以上に進行しており、倒壊の危険が出てきました。屋根の部分は当初の段階で把握しておりましたが、柱に関しては柱自体を取り換える予算が確保できないため、筋交いを入れるなどの補強をおこなう形で現在工事を進めております。

④南門
屋根の葺き替え工事。下地の損傷は少ない為、西門の工事が終了次第工事に入ります。
⑤本殿
殿内内壁の修繕工事。前回、修繕した壁が永年の湿気により腐食。全面張り替えをおこないました。

妻垣神社 千二百五十年祭記念事業進捗状況報告1

千二百五十年祭記念事業である社務所の改築工事が無事完了しましたので、ご報告いたします。

妻垣神社 千二百五十年祭記念事業進捗状況報告

そもそも、今ある社務所は明治期に建てた神饌所(お供え物を調理する建物)を戦後、改修し使用してきました。建物自体はすでに120年が経過し、建物全体の損傷は思った以上に進行し、改築が急務となっていました。
昨年、実行委員会におきまして建物の大きさや外装、予算等を協議し、年明けの1月16日、地元業者4社を招いての説明会を開き、入札となりました。その結果、町内の加藤建築が落札。同月31日に契約を結び、翌2月10日には地鎮祭を斎行致しました。

妻垣神社 千二百五十年祭記念事業進捗状況報告

工事に関しては樹木の伐採、整地、基礎、棟上げと順調に進み、8月末に神社側に引き渡されました。

妻垣神社 仮殿遷座祭斎行

妻垣神社 仮殿遷座祭斎行

本年は10月の千二百五十年祭に向けて様々な事業が展開されます。なかでも大神様がお鎮まりになります社殿の修繕工事は最も重要となる事業です。
去る2月27日、工事の着工にあたり、本殿より御神体を仮殿にお遷しする仮殿遷座祭が斎行されました。今回の仮殿は境内西南にあたる「頓宮」と定めました。

妻垣神社 仮殿遷座祭斎行

午後7時、日も落ちあたりが薄暗くなる中、祭典が斎行。宮司が今次の工事の安全とお遷しを乞い願う祝詞を奏上し、佐藤副総代長、衛藤実行委員長、施工者加藤建築、総代、自治委員他役員一同が玉串を捧げました。

今回のお遷しには秋のお祭りのように神輿に乗せてのお遷しではなく、絹垣とよばれる大きな白布を用いてのお遷しとなります。
神職が一体ずつ御神体を捧持して絹垣の中に入り、『オーー』という警蹕の声が辺りを浄める中、仮殿への移動となります。
明かり一つない浄闇の中、提灯の明かりだけを頼りに仮殿へと行列は進み、無事、お納めとなりました。 
また、今回は明治44年に合祀した相殿の六所神社の御神体も地元大口田の人達の手によってお遷しとなりました。

半年に及ぶ工事が終了し、美しく蘇った御社殿に大神様がお還りになる本殿遷座祭は、来る9月27日午後7時より執り行われます。

妻垣神社 神社社名入り小のぼり奉納のご案内

妻垣神社 のぼり
3年前、今年の千二百五十年祭に併せて、『神社小のぼり』を氏子の皆様を中心に120基を超える御奉納を戴きました。奉納の募集はこの時限りとしておりましたが、その後、参拝者から奉納したいとの声が多く寄せられましたので再度募集致します。奉納希望の方は下記までご連絡下さい。

小のぼり一基  5,000円也
お問い合わせ先 ℡0978-44-2519

妻垣神社 社号額

妻垣神社 神社社号額の奉納

昨年の春、小野宮司揮毫の社号額を㈲パワーサイン様のご協力のもと、神社拝殿に掲げましたが、その後神社本殿より一枚の板を発見。手に取ってみますと、表には「妻垣神社」裏には「奉献宇佐神宮前少宮司大教正社司  糸永茂昌謹書 明治四十四年十一月三日武田金助謹刻」と刻まれていました。
このままでは粗末になりますので、本年の千二百五十年祭に併せて、破損箇所を修理し塗装。かつて掲げてあったとされる当社正門である西門に再び掲げさせて戴きました。そもそも「糸永茂昌」という人物は、当社に残る当時の社務日誌等の資料によりますと、弘化3年、宇佐郡宇佐町の士族の家に生まれ、宇佐神宮の神職として少宮司まで務めあげ、神職僧侶を指導する大教正の称号を与えられた人物です。
また明治33年には宇佐神宮宮成宮司に代わり、妻垣神社宮司(当時は社司)を拝命したとあります。当社において糸永宮司は、宇佐両院の戦没者の御霊を祀る大忠魂碑の建設、千百五十年祭を斎行する等、多くの御功績を残された方ということが判明しました。

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年式年大祭まであと一年!!

妻垣神社 御社殿創建千二百五十年式年大祭まであと一年!!

平成27年10月斎行予定の妻垣神社御社殿創建千二百五十年式年大祭まで、あと1年余りとなりました。

当社では、昨年夏に実行委員会を立ち上げ、衛藤博幸実行委員長を中心に、数回にわたり議論を重ね、この春より氏子の皆様を始め、当社を慕って下さる方々からのご奉賛を募らせていただく運びとなりました。

さて、今大祭におきましては、祭典の斎行、社殿の修繕、社務所の建設など様々な事業を展開しており、その費用は780万円を見込んでおります。
当社と致しましても数年前より、積立をおこない、160万円を捻出致しましたが、これら事業を遂行するには、まだまだ足りるところではありません。皆様お一人お一人からの真心こもったご奉賛を頂かなければ、到底為し得ないからです。

近年、社会的に経済情勢が厳しい中、このようなお願いをすることは大変難しい事とは承知しております。
しかしながら、我々の祖先はどのような状況下においても、過去、祭典の斎行、そして社殿を造営・修繕を成し遂げてまいりました。
今を生きる我々は、祖先の偉業に敬意を表し、今大祭を遺漏することなく成功させ子孫へと引き継ぐ使命があると思います。
つきましては、当社に格別なるご支援ご協力を賜ります様、衷心よりお願い申し上げる次第でございます。

妻垣神社御社殿創建千二百五十年を迎えるにあたって

当社では大神様がお鎮まりになります御社殿を修繕し、大神様の更なる御神徳のご発揚を願う為、五十年毎に式年祭を斎行してまいりました。
来る平成27年(2015)には、御社殿が創建された天平神護元年(765)より数えて、
千二百五十年目の節目の年をお迎え致します。

この意義深き年を迎えるにあたり、当社では本殿を始めとする社殿の修繕、神社の運営上欠かすことが出来ない社務所の建設等をおこない、以って先人達が護り伝えてきた妻垣神社を次世代へと継承することを責務と考え、実行委員会を発足し、下記の事業を計画致しました。

就きましては、何卒、趣旨にご賛同戴き、格別なるご奉賛を賜ります様、謹んでお願い申し上げる次第でございます。

妻垣神社 式年祭事業概要

妻垣神社 随神像

妻垣神社 神社社号額の奉納

昨年、当社の由緒看板をご奉納下さいました中津市の㈲パワーサイン衛藤研司様より、来年に迫りました千二百五十年祭にあわせて、社号額のご奉納がありました。
額の字は小野宮司が揮毫し、樹齢100年を超す桜の板に、かまぼこ彫りという技法で衛藤社長自らが心を込めて、彫られたとのことです。
ご奉納ありがとうございました。


妻垣神社 新しい由緒看板が奉納されました!

妻垣神社 新しい由緒看板が奉納されました!
下記の看板やのぼり、パンフレットを製作していただいたご縁により、中津市上宮永の有限会社パワーサイン 衛藤研司様より由緒を記した看板の奉納がありました。
元宮である足一騰宮の写真と、わかりやすい文章で構成されており、以前よりあったものより大変読みやすくなっております。
ご奉納誠にありがとうございました。

妻垣神社『清張』『学館』『妻垣神社』を合言葉にPR!!

妻垣神社 清張 学館 妻垣神社を合言葉にPR!!
平成24年に発足した「松本清張とふるさと安心院の会」では、昨年春に『松本清張と安心院~隠れた九州の霊地』を出版。(定価1,500円で各書店にて販売中)
その結果、松本清張と深いつながりをもつ当社に、清張ファンが多く訪れるようになりました。
するとファンの方より、清張と神社の関係を記したものなどはないかとの声が多く寄せられましたので、今回も宇佐市の周辺地域元気づくり応援事業補助金を再度利用して、常設の看板・パンフレット・のぼり旗を制作いたしました。看板は神社前。のぼり旗とパンフは神社と市役所、観光協会などに設置する予定です。
また、常設看板とパンフには、清張のこと以外に、小説『陸行水行』にも登場する「騰宮学館」の歴史も併せて掲載いたしました。

妻垣神社  1250年式年大祭実行委員会発足!!

 平成27年(2015)斎行予定の妻垣神社御社殿創建千二百五十年式年大祭まで、丁度丸二年となり、本年より本格的に奉賛活動が始まりました。

妻垣神社 4月28日 元宮祭
神社では、この春より総代会、各地区自治委員、地元篤志を中心に、議論を重ね、去る6月23日、「妻垣神社御社殿創建千二百五十年式年大祭実行委員会」の発会式を執り行ない、下記の役員、委員が選出されました。
また併せて、事業として次の二点を執行することを決定致しました。 まず一つ目は、「妻垣神社御社殿創建千二百五十年式年大祭の斎行」です。前回(千二百年祭)にならい、祭典は秋季大祭(例大祭・神幸祭)に併せて行う事とし、日時は平成27年(2015)10月24、25日の2日間と定めました。
そして、二つ目は記念の営繕事業として「社殿の修繕及び、新社務所の建設工事」と致しました。長年の風雨により社殿の床や柱などは腐食し、修繕・改築を余儀なくされています。また、社務所は築150年を経過し、老朽化が進み、早急な建て替えが必要とされています。
近年、社会的に経済状態が厳しい中、今回の事業を執行することは大変難しいとは思います。しかし我々の祖先たちはどのような状況下においても、過去、祭典の斎行、そして社殿を造営・修繕を成し遂げており、今に伝えてこられた先人・祖先の努力と苦労に、今改めて思いを致すところです。
そしてこのような世情困難な時こそ、先人たちに敬意を表し、事業を遺漏することなく執り行うことが、今を生きる我々の責務だと痛感しております。
しかしながらこの大事業は、神社一団体だけで為し得るものではなく、多くの方々のご厚情を仰がなくては、到底成し遂げられるものではありません。
つきましては、当社に格別なるご支援ご協力を賜り、今次式年祭が滞りなく完遂できますよう、衷心より皆様のご協力をお願い申し上げる次第でございます。
妻垣神社 実行委員会役員一覧

妻垣神社 宮司 小野  拡

妻垣神社 宮司 小野  拡

平素より当社の護持運営にはご理解、ご尽力戴きまして、衷心より感謝申し上げます。
さて、当社の歴史は古く約2600年もの昔に遡ります。 時代は降り、神社として確立致しましたのが、天平神護元年(765)とされ、宇佐宮の八幡大神の御神託によって、妻垣の地に社殿が創建されました。そして、それより数えて来る平成27年(2015)には御社殿創建1250年目の嘉節をお迎え致します。
この事は大変おめでたく意義深いものであり、尚且つ、この周辺地域には、当社のように古く歴史のある神社はそうはございません。
当社では節目毎に奉祝の祭典(式年祭)を執り行い、併せて記念の営繕事業を行なってきました。今事業に関しましては、宇佐市議会議員である衛藤博幸氏を中心とする実行委員会によって様々な事業が展開されていく事となります。
昨今の経済情勢や氏子の高齢化が進む中で、今回、式年祭を行う事は、大変厳しいものがあるかと存じます。しかしながら、このような時に巡り合ったこともまた、神様のお引き合わせではないでしょうか。
来る平成27年10月の千二百五十年式年大祭には氏子崇敬者の皆様方と共にお祝い致したく存じますので、ご理解ご協力の程、切にお願い申し上げます。

妻垣神社 先人たちの思いを受け継いで 

妻垣神社 実行委員長 衛藤博幸

この度、妻垣神社御社殿創建千二百五十年式年大祭実行委員会の実行委員長を仰せつかりました衛藤博幸でございます。
多くの先輩諸氏がおられる中で、若輩者の私をご指名戴き、その任の重さに身の引き締まる思いでございます。
ご承知の通り、妻垣神社は私たち氏子にとりましては、古くより地域の氏神様として親しまれてまいりました。
また我が国最古の歴史書「古事記」においては県内で唯一登場する「足一騰宮」。大正時代には神社境内に九州で唯一の神職養成学校「騰宮学館」が開校。そして近年では作家松本清張の古代邪馬台国ミステリー小説『陸行水行』の舞台としても知られ、日々、県内外から多くの参拝者が訪れています。
このような妻垣神社に対してのご奉仕は、常日頃より、皆様方とご同様、身を惜しむものではございません。
御社殿が創建されてより1250年という長きに渡って、先人・祖先たちが護り受け継いできたその歴史の重みに思いを馳せますと、あらためて今回、実行委員長という大役は大変重たいものがあると思います。
どうか、皆様方と心を一つにし、目的を達成できる様、微力ではございますが頑張ってまいりますので、ご理解ご協力の程お願い申し上げます。

妻垣神社 再び美しい神社へ蘇らせる        神社総代長 溝部定見

妻垣神社 神社総代長 溝部定見

今年もことの外暑い日が続いていますが、皆様方にはお変わりなくご壮健の事と存じます。特に氏子の皆様には平素より神社の運営に関し大変お世話になっております。
今回の千二百五十年式年大祭に当たっては、この春より地域の有志、各地区自治委員、神社総代会を中心に、お力と知恵をお借りして、数回に渡っての準備会議を開催。去る6月23日に妻垣神社御社殿創建千二百五十年式年大祭実行委員会が発足致しました。
そもそも式年祭とは、決められた期間ごとに行われる神事であります。前回の千二百年祭においては、祭典の斎行、本殿・拝殿を始めとする社殿の大改修工事や様々な事業を足かけ10年に渡って執り行いました。
この度の千二百五十年祭を迎えるに当たっては、前回の事業を参考にして執り進めてまいります。役員を始め関係者各位には大変ご迷惑をお掛け致しますが、50年の長い間にさらされてきました社殿を修繕し、再び、美しい神社へと蘇らせ、後世へと引き継がねばなりません。
この記念すべき千二百五十年祭に向けて、皆様方のご理解ご協力を切にお願い申し上げ、そしてなによりも今回の式年祭が無事完了しますことを祈り、ご挨拶とさせて戴きます。

妻垣神社 4月28日 元宮祭

随神とは俗に左大臣、右大臣とも呼ばれており、神社をお守りする神様です。
当社の随神像は、今から約270年前の延享元年(1744)に上市の氏子髙木又右衛門・髙木民右衛門が奉納したものがありましたが、残念なことに平成16年(2004)に窃盗の被害にあってしまいました。
この状況に胸を痛められた子孫の髙木安二・智子御夫妻は、今回、式年祭に先立ち、随神像を新調し、御奉納下さいました。
また、ご夫妻には像と共に、次の品(本殿内陣御幌、本殿外陣壁代、会議用脚長机)も併せて奉納戴き、3月23日の祈年祭に併せて、奉納奉告祭を行い、御神前に奉納となりました。特に本殿内陣御幌(みとばり)に関しては、50年毎の式年祭の際に、髙木家の当主が代々奉納することが慣例になっているとの事です。
ご奉納ありがとうございました。 

妻垣神社 随神像

妻垣神社 神社社名入り小のぼり奉納のご案内

神社では来る千二百五十年祭に向けて、本年より本格的に奉賛活動が始まります。その気運を高める為に、総代会では社名入り小のぼりの奉納を募ることに致しました。のぼりには、奉納者のお名前を記入し、お正月・秋祭り等に境内参道に立てたいと思っています。

一本 2000円也
詳しくは神社まで  ℡ 0978-44-2519

妻垣神社 のぼり
妻垣神社 随神像

妻垣神社 今こそふるさと!日本の原風景安心院

近年、神社を取り巻く環境は大変厳しく、当社も例外ではありません。
そんな中、3年前の作家松本清張生誕百年をきっかけにして、多くの方が当社を訪れるようになりました。
しかし氏の著書である「陸行水行」の舞台となった安心院町と妻垣神社、そして神職や、教職員の養成学校であった騰宮学館等の記憶は、世代交代や過疎化によって、年々忘れさられつつあります。この現状に危機感を抱き、何とか記録として残し、後世に伝えたい気持ちと、昨年の東日本大震災によって、改めてふるさとの大事さを再認識させられた事により、「今こそふるさと!日本の原風景安心院」の合言葉のもと、ともがき会を母体として地元有志で構成する松本清張とふるさと安心院の会が、少ない資料と聞き取り調査を行いながら、1年かけて1冊の本「松本清張と安心院  隠れた九州の霊地」を完成致しました。
会の代表に伺うと、この本の出版するにあたっては、是永修治宇佐市長、松本清張記念館、立命館アジア太平洋大学金賛會教授、元大分大学沢井正美教授、文藝春秋社を始め、多くの方々の協力により作ることができたとのことです。
当社では、来る平成27年(2015)に、御社殿創建千二百五十年の節目の年を迎えるにあたり、会の了解を得て、この素晴らしい本を千二百五十年祭公式記念本として認定させて戴きました。一冊1500円と有料ではありますが、是非ともご購読いただければと思います。また、この本は、北九州市立松本清張記念館推奨本にもなっています。

【主な販売先】
・北九州市立松本清張記念館 ・紀伊國屋書店大分店 ・明林堂書店大分本店、別府本店
・明屋書店宇佐店 ・晃生堂書店 ・はりまや書店  ・㈲ハトヤ ・三和酒類㈱安心院葡萄酒工房
・亀の井ホテル大分安心院 ・宇佐市観光協会安心院支所 ・妻垣神社社務所
※神社ホームページからも注文可能です。

妻垣神社御社殿創建千二百五十年を迎えるにあたって

2600年も遥か昔、初代天皇こと神武天皇により、主祭神比咩大神を共鑰山の足一騰宮におまつりしてより当社の歴史は始まりました。

時代は降り、奈良時代中期の天平神護元年(765)、宇佐宮の八幡大神のお告げによって、この妻垣の地に、社殿が創建され、神社として確立。今日に至るまで宇佐郷の宗社として多くの人々に親しまれてまいりました。

そして、来る平成27年(2015)には、御社殿創建1250年の嘉節をお迎えすることになります。

かつて我々の祖先たちは節目ごとに社殿等を修復し、神社を護持してまいりました。今を生きる我々も、この大事な遺産を次世代に引き継がねばなりません。
氏子・崇敬者皆様方のご理解・ご奉賛をお願い申し上げます。

妻垣神社

妻垣神社 式年祭事業概要

《期間》昭和40~51年
《内容》
①本殿・申殿・拝殿・西門・南門・頓宮・社務所・遺族会館の大改修工事
足一騰宮玉垣の復元、共鑰山参道・表参道舗装工事、社殿・塀の塗装工事
②各地区への神輿巡幸・神楽奉納、詩吟・能の奉納
③1200年式年大祭 昭和50年10月22日斎行