妻垣神社 行事・お知らせ

当神社では、恒例祭の他にも、年間を通して多くの行事がとり行われております。
また、多くの方にご参拝いただいております。
このページでは、年間の出来事を抜粋して掲載いたします。

妻垣神社 安心院中学校、供養塔清掃奉仕活動

妻垣神社 安心院中学校、供養塔清掃奉仕活動
8月20日(日)午後4時より、宇佐両院戦没者慰霊祭を斎行します。ふるさと安心院・院内より若くして戦地へと赴き、国のため、家族のためにと、尊い命を捧げられた両院出身兵士1071柱の御霊のご冥福を地域の皆様と共に祈りたいと思います。

また、慰霊祭に先立ち平和学習の一環として、恒例の地元安心院中学校二年生による供養塔の清掃活動が、去る7月13日に行われました。作業前には遺族会館にて戦没者の遺影写真を見学。
そして佐藤副総代長から戦時中の体験も聞き、太陽が照りつく中の作業となりましたが、考え深げに一基ずつ丁寧に取り組んでいました。作業後には御霊に対し全員で黙祷も捧げました。

妻垣神社 安心院高校野球部必勝祈願祭

妻垣神社 安心院高校野球部必勝祈願祭

今年も高校球児たちの熱い夏がやってきました。地元安心院高校には創設50年以上になる野球部がありますが、数年前より、過疎化による生徒数の減少により、大会や試合に出るのもギリギリの状況でした。
そのような中、平成23年に同校卒業生でもある池部鉄雄氏(元日鉱佐賀関野球部監督)を監督に迎え入れて以降、少しずつ部員の実力もつき、部員数も増え、今年は9人の一年生が入部しています。

妻垣神社 安心院高校野球部必勝祈願祭
7月は8月の甲子園大会に先立っての大分大会。7月10日の初戦を前に安心院ナインは当社にて必勝祈願祭をおこないました。試合の結果は、惜しい結果となりましたが、内容に関しては素晴しいものがありました。

妻垣神社 今年もシャクナゲ満開です

妻垣神社 今年もシャクナゲ満開です

ともがき会ではシャクナゲの植栽活動を開始してより、今年で7年目になります。シャクナゲの購入資金は、年末に氏子崇敬者に皆様に購入いただく一体300円の祈願絵馬の売上金です。
近年では地元造園業ガーデン太陽(衛藤博幸)様や崇敬者からの寄贈分も含め、境内に植えたシャクナゲの数は既に300本にものぼります。

妻垣神社 今年もシャクナゲ満開です
なかでも今年、ガーデン太陽様寄贈のシャクナゲは人の背丈ほどの大きなものばかりのため、人目につきやすい社殿近くに植えさせて戴きました。また、花も安定して咲くようになりましたので、町内外よりシャクナゲを愛でに多くの人が訪れて下さいました。
溝部定見神社総代長、退任

妻垣神社 溝部定見神社総代長、退任

当社氏子地区(上市、古市、妻垣、寺山、大口田)を取りまとめる溝部定見神社総代長が、本年3月31日を以って退任致しました。
溝部氏は平成八年に前任の衛藤時夫氏の志を継ぎ、約20年間、神社総代長としてお宮の護持運営に務めて下さいました。在任期間中は社務所の改築、戦没者慰霊祭の復活、千二百五十年祭の斎行など多岐にわたります。
後任には妻垣地区の矢野省三氏が3月の臨時総代会にて満場一致で選出。溝部氏には引き続き「顧問」として、神社に協力戴くことも、総代会にて承認されましたので併せてご報告致します。

念願の絵馬掛けが完成

妻垣神社 念願の絵馬掛けが完成

永年の懸案事項でありました「絵馬掛け」を制作するにあたり、昨年の夏より寄付の募集をお願いしたところ、下記の方からのご奉賛を戴き、見事完成致しました。この場を借りて篤く御礼申し上げます。早速、今年の正月より活躍しております。またこの絵馬掛けの半分は掲示板となっており、祭事案内の掲示等に利用していきます。

奉賛者一覧 (敬称略) -------------------------------------------------------------------
綾戸 義弘(宇佐市) 矢野 靖子(宇佐市) 前久保邦明(大阪市) 中西 久江(大分市)
安部フジ子(大分市) 柴田 文子(大分市) 菊池 靖子(大分市) 大塚 俊子(大分市)
笠置 敦子(大分市) 後藤喜代美(大分市) 妻垣神社ともがき会

妻垣神社 熊本大分地震復興祈願祭斎行

妻垣神社 熊本大分地震復興祈願祭斎行

秋季大祭に併せて、昨年4月14日より発生しております「平成二十八年熊本地震」の早期復興、終息を願って、復興祈願祭を斎行致しました。
祭典にはテレビ・新聞等でも報道されております熊本県の阿蘇神社より、阿蘇惟邑禰宜様にお越し頂き、共に祭典をご奉仕頂きました。阿蘇神社は16日未明の本震によって、日本三大楼門に数えられる楼門(国指定重要文化財)の倒壊を始め、拝殿、本殿が悉く破損致しました。また同社に留まらず、熊本県、大分県を中心に民家、公共施設、寺社仏閣、田畑等、その被害は計りしれません。
私共、妻垣神社はおかげさまでこの地震による被害はありませんでしたが、いつ何時同じ目にあうかも知れません。神社は「祈り」の場です。我々に出来る事と言えば、被災者に寄り添い、早期の復興を祈ることではないかと思い、総代と協議し執り行なった次第です。

妻垣神社 熊本大分地震復興祈願祭斎行

いざ祭典が始まり宮司が祝詞を奏上すると、境内に集まった100人を超す参拝者は物音一つせず、共に祈りを捧げて下さいました。
また復興祈願祭に併せて、地元安心院高校の協力を得て、境内にて募金箱と震災前後の阿蘇神社の写真パネルを持って募金活動も行ないました。参拝戴いた多くの方より、心のこもった善意を頂き、開始1時間程で32,320円もの募金が集まり、高校生より阿蘇禰宜様へ募金箱が渡されました。
本来ですとこの募金は熊本・大分県の被災地全体に対してお渡しするのが筋ですが、私共のような小さな神社ではそもそも無理な話であります。今回、縁あって阿蘇禰宜様にお越し頂いたことにより、このような形を執らせて戴きました。

妻垣神社 熊本大分地震復興祈願祭斎行

祭典後、阿蘇禰宜様より「11月より阿蘇神社では本格的な修繕活動が始まります。何年かかるかはわかりませんが、阿蘇神社が震災前の元の姿に戻った際には、是非ともお参り下さい。お待ちしております。」と氏子参拝者にあいさつ。当社では引き続き復興支援活動を続けていきたいと考えております。

妻垣神社 秋季大祭

妻垣神社 秋季大祭

昨年の秋季大祭は天候に恵まれませんでした。大祭初日、昨晩より降り続く雨は止むことが無く、神輿が出る神幸祭の斎行が難しい状況となりました。急遽、総代会を開き、雨による神輿の損傷、また担ぎ手の身の危険を考慮した結果、神幸祭を中止する事と致しました。
神社の記録によると、この百年間で神幸祭の中止は三度目となります。まずは前年、担ぎ手のあまりのマナーの悪さに当時の林直木宮司が憤慨し、翌年、神輿を出さなかった昭和19年。2回目は戦後の動乱による昭和20年。そして今回です。以前であれば、担ぎ手も血気盛んに神輿の損傷等無視して祭典を挙行してきましたが、昨今は昔とは事情も大きく異なる為、止む終えず中止とした次第です。 
尚、例大祭については定刻通りに斎行。総代役員一同、心を一つに祈念したおかげか、翌日は予報とは大きく違い、朝方には雨も止み、お神楽をする時間には晴れ間も見え始め、無事もちまきができるまで回復しました。

そして、これも恒例行事となりましたが安心院高校茶道部による遺族会館でのお茶会も予定通り開催。昨年の120人には及びませんでしたが、90人近くのお客様が、高校生の点てたお茶を頂戴しました。午後3時からは本殿にて献茶式を行ない、高校生により御神前にお茶がお供えされました。また、昨年は熊本地震で被災した阿蘇神社に対しても、御本殿を通してお供え致しました。
神輿が出ることが叶わなかった昨年の秋季大祭でしたが、熊本大分地震復興祈願祭を斎行する等、例年とは違った大祭となり、ある意味、意義のあるお祭りになったかと思われます。今年は、台風はもちろんのこと、雨は降らないで頂きたいものです。

妻垣神社 宇佐青年会議所 男女50人恋の夏物語

妻垣神社 宇佐青年会議所 男女50人恋の夏物語

昨年の8月末、宇佐青年会議所主催の婚活事業「男女50人恋の夏物語」が、約60名の参加者によって開催されました。今回は宇佐市の山間部地域である安心院・院内のおすすめ縁結びスポットを巡り、出会いを深めるという企画です。

まず参加者は当社にて恋愛成就の祈願を受けました。当社は縁結びの御利益があるとされています。それは神社の名前である「妻垣」に由来します。約2670年前、神武天皇様がご東征の砌に当地に立ち寄られ、比咩大神を斎き祀り、その際、家来の天之種子命に地元の娘宇沙都比売を妻に娶らせました。このことは須佐之男命が八股の大蛇を退治して、奇稲田姫を妻に娶った故事と類似しており、その時、須佐之男命が詠まれた「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣作る その八重垣を」より、「妻」「垣」の字を組み合わせて「妻垣」としたとされ、縁結びの神社として今日まで信仰されています。後日、会議所の担当者の方より伺いましたが、参加者より7組のカップルが誕生したとのことです。おめでとうございます。

また祈願祭の後には阿蘇神社復興支援活動として、阿蘇の「蛍丸サイダー」を参加者にお配り致しました。サイダーの売上げの一部は修繕費用に充てられるとのこと。参加者より「このような形で復興活動に参加できてうれしく思います。阿蘇神社とも御縁が出来た気がします。」とのコメントを戴きました。

妻垣神社 頓宮のシャッターに神輿の御紋を!

頓宮のシャッターに神輿の御紋を!

毎年秋の神幸祭、また今次の千二百五十年祭において、大神様のお鎮まりになります仮宮として使用する頓宮(とんぐう 通称…おかりや)ですが、普段中は神輿を納めているだけで、参拝者から「立派な倉庫ですね」「どういった建物ですか?」とよく尋ねられます。
江戸期に造営された旧頓宮の老朽化に伴い、平成7年(1995)に全面改築をしましたのは、氏子の皆様にはまだ記憶に新しいところです。しかしながら、その際に正面を従来の蔀戸(しとみど)から開閉のしやすいシャッターに変更したことにより、倉庫のように見える始末。そこで6月の総代会で協議した結果、それぞれの神輿の屋根にあしらわれている大神様の御紋を、シャッターに印刷し、見栄え良く致しました。御紋は次の通りです。

頓宮のシャッターに神輿の御紋を!

・左/三之殿 神功皇后 『五三桐』 ・中央/一之殿 比咩大神 『橘』 ・右/二之殿 八幡大神 『左三つ巴尾長』

妻垣神社 「海道東征」看板の設置

「海道東征」看板の設置

当社元宮である足一騰宮を歌った曲「海道東征」が発見されたことは前々号でご紹介致しましたが、
昨年、産経新聞にて1年を通して特集が組まれたり、11月には東京藝術大学や産経新聞社主催の演奏会が開かれるほど、全国的に注目されました。
(今年の春・夏には、これらコンサートCDが発売される予定。)

当社に於いても共鑰山8合目にある元宮までお参りされる人が、昨年より増え続けております。
今年は第一代神武天皇様が崩御されてより2600年という節目の年に当り、この素晴らしい曲を多くの人々に知っていただくためにも、4月の元宮祭(足一騰宮祭)にあわせて、境内に説明看板を設置致しました。


戦後70年 宇佐両院戦没者慰霊祭

妻垣神社 戦後70年 宇佐両院戦没者慰霊祭。

去る8月16日、当社忠魂碑にて宇佐両院戦没者慰霊祭が斎行されました。本年も祭典に先立ち、7月14日には地元安心院中学校二年生による供養塔の清掃奉仕がありました。生徒たちは汗をぬぐいながら黙々と一所懸命に碑についたコケや汚れを取り除いて下さいました。作業終了間近には夕立にあってしまい、全身びしょ濡れとなりましたが、222基の供養塔は、光輝いておりました。御英霊もさぞかしお喜びに違いありません。

また慰霊祭当日には、3名の生徒が祭典に参列。御霊前に対し、花束をお供え下さいました。 戦後70年を迎え、少しずつ戦争を経験された方は少なくなり、慰霊祭の参拝者も減ってきております。この清掃奉仕を通じて、戦争を知らない若い世代に平和の尊さを引き継いで頂ければと思います。

妻垣神社 戦後70年 忠魂碑・供養塔の説明看板の設置

忠魂碑・供養塔の説明看板の設置

一昨年、厚生労働省による国内の戦没慰霊碑13,174基を超える民間慰霊碑の実質調査が行なわれ、昨年夏、調査内容が公表されました。
そのうち少なくとも734基がすでに倒壊するなど管理不良の状態となっており、また管理状況の不明が5386基。  管理状況が良好なのは7054基だそうです。
当社境内には院内・安心院の戦没者を祀る忠魂碑と、安心院校区の戦没者の供養塔があり、これらもその対象になります。建立当時から昭和末までは傘鉾や盆踊りなど賑やかに慰霊祭をおこなってきましたが、近年、遺族の高齢化などにより、少しずつ衰退。遂には慰霊祭も中断する事態にも陥りました。

戦後70年という節目の年となった昨年、このままでは、この国、ふるさとのためにかけがえのない命を捧げられた亡き御英霊に対し申し訳ない気持ちと、数年後には碑を建立した経緯を知る人もいなくなるのではないかと危惧した遺族会と地元有志たちは、昨年春に「宇佐両院の戦争遺産を守る会」を発足。宇佐市周辺地域元気づくり応援事業の補助金を活用して、この度、2つの説明看板を設置しました。

まず1つ目は、忠魂碑について。2つ目は旧安心院町共同墓地(供養塔)についてです。慰霊祭当日には、是永宇佐市長も公務の合間をぬってかけつけていただき、完成報告会をおこないました。この模様は8月18日の大分合同新聞朝刊でも取り上げられました。

忠魂碑・供養塔の説明看板の設置
元宮 足一騰宮を歌った曲発見!

妻垣神社 元宮 足一騰宮を歌った曲発見!

当社元宮である足一騰宮に関して新たな発見がありましたのでご紹介いたします。それは足一騰宮を歌った曲が見つかったことです。

曲のタイトルは『海道東征』(かいどうとうせい)。昭和15年(1940)、皇紀二千六百年を奉祝して作られた国内初の交声曲(カンタータ)であり、日本神話の神武東征を中心に全部で八章に構成された曲で、日本の明るい未来を言祝ぐ平明かつ雄大な叙事詩として、戦前は多くの会場で演奏されていたそうです。
その内の第五章『速吸と菟狭(はやすいとうさ)』の2番に、元宮の事が歌われています。作詞は福岡県柳川出身の詩人、北原白秋。作曲は「海ゆかば」でも知られる信時潔(のぶとききよし)と豪華な面々。
今回、神社側がこの事を知ったのは今年の3月の産経新聞社の取材によるものでした。記事に関してはすでに3月末に掲載されましたが、この『海道東征』に関しては今年の11月20日に関西におきまして、数年ぶりに演奏されるとの事です。

来年は当社にも所縁の深い神武天皇様が崩御されてより、2600年目となります。この素晴らしい曲を多くの人々に知っていただくためにも、境内に看板を設置することを考えております。

妻垣神社 再び美しい神社へ蘇らせる        神社総代長 溝部定見

菟狭はよ、さす潮の水上、豊国の行宮。
ああはれ足一騰宮とよ、行宮。
足一騰宮は行宮と、青の岩根に一柱坐す。
足一騰宮に参出ると、大わたの亀や川のぼり来る。
足一騰宮の大御饗、誰が献る、はるか雲居に。
足一騰宮は菟狭津彦、朝さもらふ、夕さもらふ。
足一騰宮は湍の上や、足一つ騰り、雲辺に坐す。
ええしや、をしや。ええしや、をしや。

妻垣神社 念願の参宮線の道路拡張完成しました

神社横の道路は『参宮線』といい、その道は妻垣集落より寺山集落へと通じています。途中には参宮橋も架けられ、神社への参拝などで利用されてきました。しかしながら、その一部は車が一台通るのがやっとの狭さで、多くの人が道路の拡張を望んでいました。そんな中、昨年夏、道路横に土地を所有する矢野敏彦様が、宇佐市に土地を提供された為、道路の拡張が実現。道路はひと月余りで完成し、従来の幅の約2倍、7m幅の道路に生まれ変わりました。これにより、救急車等の緊急車両や、デイサービス等の中型バスの往来も容易となり、神社を始め近くに住む住民には嬉しい出来事でした。

さて、土地を提供された矢野様のお宅は、かつての宮司家矢野家の本家であり、古くより崇敬の念が篤いお宅です。今度、この拡張工事に併せて、神社にも土地を提供して戴けるとのお話がありました。神社と致しましては、このお申し出をありがたく受け入れ、参拝者駐車場として活用したいと考えております。手続きや整地作業等もあり、駐車場として利用して戴くのは今年の春以降かと思われます。念願でした道路の拡幅、そして駐車場が同時期に実現することは大変ありがたく、矢野様のご厚意には深く感謝するところです。

妻垣神社 念願の参宮線の道路拡張完成しました

安心院中学校二年生が今年も清掃奉仕。

妻垣神社 安心院中学校二年生が今年も清掃奉仕。

去る7月3日、平和学習の一環で、地元安心院中学校2年生が供養塔の清掃奉仕をして下さいました。 この活動は昨年より神社側が学校へ依頼し実施されています。

コケにおおわれた222基の供養塔を丁寧に磨く中、生徒たちは「自分たちと同じ歳の人が亡くなってる。」「女の人もいるんや。」など刻まれている名前や死亡年月日を直接手で触れ、戦争の悲惨さを痛感していました。作業終了後には、忠魂碑前に整列し、花を供え、黙祷を捧げました。一ケ月後の8月17日には戦没者慰霊祭を斎行。今回で4回目になるこの慰霊祭、年々遺族の高齢化が進み参拝者が少なくなる中、今年は信国宇佐副市長様を始め、徳田宇佐市議会議長様、佐田宇佐市議会副議長様、後藤神社庁副庁長様、安心院中学校池田校長様等、多くの御来賓の方々にもご参列戴きました。また祭典に引き続いては新風流安心院分会(代表衛藤博幸)の詩吟の奉納も行なわれました。今年は戦後70年、意義のある慰霊祭となるよう務めてまいります。

妻垣神社 傷みがひどかった遺影写真、60年前当時の状態まで復元

妻垣神社 傷みがひどかった遺影写真、60年前当時の状態まで復元

前号でもお知らせしました通り、昨年夏、ともがき会では遺族会館内の戦没者遺影写真の修復を行ないました。色があせたもの、傷みが進んでいるもの等様々ありましたが、最新のデジタル技術を駆使して、当時の状態にまで復元することができました。

妻垣神社 是永宇佐市長様
修理費用に就きましては宇佐市周辺地域元気づくり応援事業の補助金を活用。是永宇佐市長様にもお忙しい公務の中、足を運んで戴き、事業内容をご報告。美しくよみがえった遺影写真をご覧戴きました。
今年は終戦70年の節目の年、当会では引き続き、地元の戦争資料を後世へと残す活動を現在計画しております。

妻垣神社 安心院地区222柱の遺影写真を後世に残す

安心院地区222柱の遺影写真を後世に残す

現在、遺族会館内に展示してある安心院地区の戦没者222名の遺影写真は、約60年前に一柱ごとの供養塔と会館内の忠霊殿を建立する際に取り付けたもので、色はあせ、破れているもの等、傷みはかなり進んでいます。
そこで本年度のともがき会の活動事業として、写真全てをパソコンに取り込み、当時の状態まで復元し、後世へと残す作業を行なう予定です。

■修復の経費は宇佐市周辺地域元気づくり応援事業の補助金を活用します。
■訳あって写真を飾られていないご遺族の方は、今事業に是非ともご賛同戴き、写真をご提供戴きたく存じます。
 ご提供戴きました写真は責任を持ってお手元にお返し致します。ご協力よろしくお願い致します。 
※詳しくは、ともがき会 矢野省三( ℡44‐0493 )まで

古希 同級会とお祝いの祈願祭

妻垣神社 古希 同級会とお祝いの祈願祭

境内の八重桜が咲きほころぶ4月19日、安心院小・中学校(昭和30年度卒、昭和33年度卒)の同級会が、当社を会場にしておこなれました。
当日は卒業生34名と、当時担任だった3人の先生方も参加して母校の小学校より、歩いて当社を参拝。
春の心地よい陽気の中、境内でお弁当を広げ、わきあい合いと語り合う。さながら遠足のようでした。
昼食後は、70歳を迎えたということもあり、神社にて古希のお祝いの祈願祭をおこないました。
皆様には是非とも健康で長生きしていただければと思います。

安心院の魅力再発見!!女子旅鏝絵体験ツアー 鏝絵奉納祈願祭

妻垣神社 安心院の魅力再発見!!女子旅鏝絵体験ツアー 鏝絵奉納祈願祭

去る3月15日、宇佐市観光協会主催による女子旅鏝絵体験ツアーが開催され、大分、別府を中心に、女性20名が安心院を訪れました。
この体験ツアーは女性の「美」をテーマに掲げ、安心院で育った野菜やお米を食し、そして歴史ある神社を参拝することにより、「心」と「体」を磨き、美しい女性になってもらえればと企画されました。

安心院に到着した参加者は、まず地元ガイドからの説明を聞きながら街中の鏝絵を見学。続いて地元のカフェで安心院の野菜で作ったランチをいただいた後に、いよいよ当社へ移動となりました。
当社では地元の鏝絵作家衛藤智子さん指導のもと、初めての鏝絵作りに挑戦。慣れない作業に悪戦苦闘しながらも、世界で一つだけの素晴らしい作品ができありました。
完成した作品は、御神前に奉納しご祈願致しました。

参加者からは「安心院の新しい魅力を知ることができた」、「おもてなしに感動した」、「またツアーを組んでほしい」などの様々な意見が寄せられました。

河野豊博 水彩画展

妻垣神社 河野豊博水彩画展

古市地区氏子の河野豊博さんの水彩画作品展が、10月27日、平和遺族会館にて開催されました。
河野さんの作品は自身が大病を患い、病気のことばかりを考える中、「絵でも描いてみては」という奥さんの恭子さんの勧めから始めたもの。 現在は体調も回復し、数百点にも超える多くの作品が日々生み出されています。作品展ではふるさと安心院の風景を始め、日本の原風景を題材に、やさしくあたたかいタッチで描かれた作品30数点が展示され、訪れた人を和ませていました。

妻垣神社 安心院高校茶道部による おごそかなお茶会・献茶式

妻垣神社 安心院高校茶道部による おごそかなお茶会・献茶式

昨年に引き続き、地元の安心院高校茶道部の協力により、秋祭りの神賑行事としてお茶会と献茶式が行われました。お茶会は27日午後2時より平和遺族会館にて2席模様され、約80名近くのお客様が、高校生が心を込めて点てたお抹茶とお菓子をいただきました。
また、午後3時からは、神社本殿にて献茶式を執り行ない、御神前にお抹茶がお供えされました。

妻垣神社 戦没者慰霊祭  安心院中学生が供養塔を掃除!

妻垣神社 戦没者慰霊祭  安心院中学生が供養塔を掃除!

去る8月4日、神社主催の第三回宇佐両院戦没者慰霊祭が厳かな中に斎行され、遺族、氏子崇敬者約60名が日清・日露戦争、そして大東亜戦争で亡くなられた安心院・院内町の兵士1071人の冥福を祈りました。式では、宮司の祭詞に続き、代表者一人一人が玉串を供え、英霊の冥福と恒久平和を祈りました。また、親風流寺山分会(代表衛藤博幸)の献吟もおこなわれ、参列者の涙を誘いました。

また本年は、慰霊祭に先立ち、地元の安心院中学校2年生が、平和学習の一環で、忠魂碑周辺に建てられた222柱の供養塔の清掃をして下さいました。炎天下の中、生徒たちによって一基づつきれいに磨き上げられた供養塔は、戦没者の名前、出身地、戦没年齢、戦没場所がくっきりと表れてきました。

生徒たちは、自分たちと同じ年齢で亡くなられた現実に驚かされるとともに、戦争に送り出した家族の悲しみに思いをはせ、戦争を二度とおこしてはいけないと平和への思いを新たにしたとのことです。 そして、この体験は8月6日の平和集会で発表されました。

妻垣神社 平成25年度中学生・高校生読書感想文コンクール 全国の中高生が『安心院』を読む! 『陸行水行』が課題図書に!

妻垣神社 平成25年度中学生・高校生読書感想文コンクール 全国の中高生が『安心院』を読む! 『陸行水行』が課題図書に!

松本記念館では、清張作品に親しんでもらおうと、全国の中学生・高校生を対象に、毎年、読書感想文コンクールを開催しています。
本年度の課題図書は、「ゼロの焦点」「左の腕」の二作品以外に、安心院・妻垣神社を舞台にした「陸行水行」もノミネートされました。
これを機に全国の中学生・高校生たちがこの本を通して、「安心院」や「妻垣神社」を知ることとなるでしょう。
※右の画像をクリックすると、チラシのPDFがご覧いただけます。

妻垣神社 妻垣神社 清張の邪馬台国は安心院から始まった!! 松本清張記念館開館15周年記念特別企画展 松本清張と邪馬台国 『魏志』『東夷伝』倭人条の謎に挑む

妻垣神社 清張の邪馬台国は安心院から始まった!! 松本清張記念館開館15周年記念特別企画展 松本清張と邪馬台国 『魏志』『東夷伝』倭人条の謎に挑む

松本清張は、邪馬台国問題を題材に、昭和38(1963)年に小説「陸行水行」を執筆。3年後、清張独自の邪馬台国論を世に問うため、「古代史疑」の連載を始めます。積極的に専門学者と対談し研究を続け、『清張通史1  邪馬台国』に清張邪馬台国論を集大成しました。
その後も自説を改訂・補強しながら、亡くなる3年前には「逃げ水 邪馬台国」を執筆しました。生涯おとろえぬ情熱を傾けて、幻の邪馬台国を追求し続けたのです。
本展では、清張邪馬台国論の全貌を紹介し、今も一般読者を惹きつけてやまない魅力に、多彩な切り口から迫ります。
展示内容は4部構成となっており、Ⅰ《火》の条に、安心院、妻垣神社が紹介されます。
Ⅰ《火》の条 「陸行水行」の世界 戦前、安心院を訪れた体験を活かして、松本清張は昭和38(1963)年、「陸行水行」を「週刊文春」に連載しました。推理小説は付け足しで、『魏志』「倭人伝」の距離、日数、方角の記事が学界や専門家の論争になっていることを一般読者に紹介したくて書いたと言われています。しかし、思わぬ反響となり、邪馬台国ブームの発火点となりました。
※右の画像をクリックすると、チラシのPDFがご覧いただけます。

妻垣神社 安心院高校合格祈願祭

妻垣神社 安心院高校合格祈願祭

去る1月15日、大学入試センター試験を目前にして、地元の安心院高等学校の大久保校長を始め、先生方が、受験生たちに代わっての試験合格祈願祭をおこないました。またこれに先立ち、昨年末の12月には、生徒一人ひとりがついたお餅を御神前にお供えし、生徒さん方をお祓いしました。様々な縁を結ぶ大神様の御神徳を戴き、今年も多くの受験生が希望の進路へ進むことができたとのことです。

妻垣神社 OBS大分放送の協力のもと、おはやしがCDになりました。

妻垣神社 OBS大分放送の協力のもと、おはやしがCDになりました。

かつて、お祭りには子供たちによるおはやしが奏でられていました。しかし、少子化により、その音色も聴かれなくなり、少しずつ寂しくなっています。

この貴重な文化財を後世にと、大口田の有志が奏でるおはやしを、OBS大分放送の協力のもと収録。CDにしました。
※CDを希望される方は、ともがき会まで、お問い合わせ下さい。

【曲 目】
1. 神輿御発 六調子
2. 神輿道行 三拍子
3. 神輿御着 五調子
【演奏者】
太鼓 … 衛藤太一
笛 … 衛藤博幸、衛藤啓二、安部和雄
チャンガラ … 衛藤 忠

妻垣神社 20年ぶりに2基の神輿が担がれる!

妻垣神社 20年ぶりに2基の神輿が担がれる!

昨年、1基の神輿を担いだことにより、今年は3基ある神輿を担ぐ担ぎ手を募る取り組みを実施。目標人数30人までとはなりませんでしたが、20年ぶりに2基の神輿が人々の手によって、本殿へとお還りになりました。

また、かつてけんか神輿と呼ばれていた頃を、彷彿させるかの様に、神輿をぶつけ合うといった場面もありました。担ぎ終えた担ぎ手達は、高揚感と達成感で素晴らしい表情をされていました。これを機に来年は3基を担ぐ事を目標に、担い手を募りたいと思います。担ぎ手の皆様、ご奉仕ありがとうございました。

妻垣神社 神社を詠んだ句が勢ぞろい! 第二回句会

去る9月16日、地元佐田地区の俳人大隈草生先生をお迎えして、第2回目の句会を開催。
当日は台風16号が接近している悪天候の中ではありましたが、多くのご参加を戴きました。
神社の風景を詠んだ参加者の句(全16句)はどれも素晴しいものばかりです。
奉納いただいた句は1年間、神社拝殿に掲示させて戴きます。御参拝の際にでもご覧下さい。

妻垣神社 地元戦没者1071柱の冥福を祈る 戦没者慰霊祭

妻垣神社 地元戦没者1071柱の冥福を祈る 戦没者慰霊祭

夏真っ盛りの8月5日、午後よりのにわか雨により、場所を忠魂碑前より、英霊の御霊を祀る忠霊殿(遺族会館)に移して、神社主催の第2回宇佐両院戦没者慰霊祭を厳かな中に斎行。遺族、氏子崇敬者約60名が日清・日露戦争、そして大東亜戦争で亡くなられた旧安心院・院内町の兵士1071人の冥福を祈りました。

式では、宮司の祭詞に続き、代表者一人一人が玉串を供え、英霊の冥福と恒久平和を祈りました。また、親風流寺山分会(代表衛藤博幸)の献吟もおこなわれ、参列者の涙を誘いました。そして本年は、戦没者の手紙を紹介。手紙の主は、昭和14年にノモンハンにて戦死された糸永林将校(町内荘出身)です。部下による将校が絶命した時の様子や、生まれたばかりの赤子を始め、幼い子たち、そして愛する妻への思いが綴られており、当時の将校の心情に一同、胸をつかれる思いでした。

妻垣神社 元宮の参拝が楽になりました!

妻垣神社 3月元宮の参拝が楽になりました!

本年は、我が国最古の歴史書『古事記』が編纂されて、1300年の節目の年を迎えました。当社元宮“足一騰宮”も、神武東征の段内にて、県下では唯一登場します。

また近年のパワースポットブームの影響もあってでしょうか、元宮へお参りされる人の数が、年々増えています。神社としては大変喜ばしい事なのですが、実は元宮までの参道は30度の傾斜をもつ狭く滑りやすい坂道を登らなくてはなりません。

そこで、今回ともがき会の協力により、坂道に120段の階段を築き、横には拝田屋様に奉納戴いた手すりを会員たちで取り付け、登り降りをしやすくしました。また、神社拝殿前には佐東義明様より奉納いただいた竹の杖もありますので、参拝の際にどうぞご利用ください。

妻垣神社 生徒がついたお餅をお供え 安心院高校合格祈願祭

妻垣神社 生徒がついたお餅をお供え 安心院高校合格祈願祭

去る1月9日、大学入試センター試験を目前にして、地元の安心院高等学校の佐藤校長を始め、先生方が、受験生たちに代わっての試験合格祈願祭をおこないました。

またこれに先立ち、昨年末の12月10日には、生徒一人ひとりがついたお餅を御神前にお供えし、生徒さん方をお祓いしました。様々な縁を結ぶ大神様の御神徳を戴き、今年も多くの受験生が希望の進路へ進むことができたとのことです。

妻垣神社 NHK大分放送局文化サークル30名参拝

妻垣神社 NHK大分放送局文化サークル30名参拝

大分市のNHK大分放送局内にて行われいる文化サークル大分教室より30名が、元大分大学教授後藤惣一先生、島田稔キャスター引率のもと、去る1月19日、当社に参拝されました。同会は様々な文学を研究され、年数回、親睦も込めて県内外の文学にまつわる地域を訪れ見識を深めているとのことです。

当日はあいにくの雨模様で、足元が悪い中の参拝となりました。当初30分の滞在の予定でしたが、皆さん、清張先生の事に関してはもとより、神社の事、神道の事など話は弾み、気づけば2時間を超えての滞在となりました。

妻垣神社 松本清張記念館 友の会参拝

妻垣神社 松本清張記念館 友の会参拝

文豪松本清張の作品や記念館事業に関心を持たれる方々が集まり、清張や記念館に関する知識や理解を深めることを目的とした「友の会」が、去る11月8日、当社を参拝されました。

会は清張ゆかりの地を定期的に廻っており、今回は「陸行水行」の舞台となった当社が選ばれたとのことです。

友の会の会員は、全国に約460名にもなり、今回は北九州市を中心に遠くは東京、横浜からみえた42名の参拝となりました。

妻垣神社 地元戦没者の冥福を祈る 戦没者慰霊祭を復活

妻垣神社 地元戦没者の冥福を祈る 戦没者慰霊祭を復活

神社境内の忠魂碑前で8月7日、旧宇佐郡戦没者慰霊祭が厳かにおこなわれ、遺族、氏子崇敬者約50名が日清・日露戦争、そして大東亜戦争で亡くなられた旧安心院・院内町の兵士1071人の冥福を祈りました。

式では、宮司の祭詞に始まり、岩男立夫宇佐地区遺族会会長による追悼の言葉も奏上され、参列者一人一人、玉串を捧げ、英霊の冥福と平和を祈りました。また、氏子衛藤博幸氏による鎮魂の詩吟『戦場の月』が献吟され、参列者の涙を誘いました。遺族より「高齢化が進む我々遺族に代わって、神社が慰霊祭をして下さり、大変ありがたい。毎年開催されると聞きましたので、多くの遺族や地域の人に声をかけ、元気に歩けるうちは、お参りしたいと思います。」との感謝の言葉をいただきました。

祭場となった忠魂碑は明治44年(1911)に、東京の靖国神社や県の招魂社にお参りに行くことが容易ではなかった旧宇佐郡の遺族のために、当時の宇佐神宮宮司、妻垣神社宮司、在郷軍人などが発起人となって、当時の金額で3000円の寄付を募り、神社境内に建立されたものです。(「忠魂碑」の字は地元安心院出身の政治家木下健次郎氏と交友の深かった元内閣総理大臣の桂太郎氏によるもの。)

建立後は、行政による慰霊祭が毎年盛大に行われました。終戦の後は、昭和27年(1952)に碑の周辺に旧安心院村出身の戦没者(222人)の墓が建立され、毎年8月には行政・遺族会合同の慰霊祭が行なわれてきました。  しかし時代が経ち、自治体の合併、遺族の高齢化などの問題により、近年、慰霊祭は行われていませんでした。そこで神社では本年より年中行事に組み入れることを総代会にて決定し、神社主催による第1回目の慰霊祭を行なった次第です。  今あるこの平和はこれら先人たちのおかげによるものであり、今後は氏子の方を始め、両院の多くの方々の参拝をお願いしたいと思います。

妻垣神社 北九州市立大学同窓会が参拝

妻垣神社 北九州市立大学同窓会が参拝

作家松本清張のファンでつくる民間団体「清張の会」が、去る1月9日、安心院出身の会員の紹介により、小説「陸行水行」の舞台である当社を参拝しました。 そして若葉の季節をむかえた4月24日には、会員が所属している北九州市立大学同窓会戸畑支部の同窓会38名が当社を参拝されました。

妻垣神社 安心院高校合格祈願祭

去る1月8日、大学入試センター試験を目前にして、地元の安心院高等学校の先生方が、昨年に引き続き受験生に代わっての合格祈願祭をおこないました。 先生方には絵馬に生徒一人一人の希望をのせて記入して戴き、必ずや願いが叶うようにと御神前にお供えしていただきました。お陰で希望の進路が叶えられました。

妻垣神社 安心院高校合格祈願祭
妻垣神社 参拝作法

妻垣神社 参拝作法

神社拝殿前に「参拝作法」を記した看板を設置しました。
看板には次のように記されています。
『 参拝作法
  二礼二拍手一礼 祓へ給へ 清め給へ
  惟神 奇魂   幸へ給へ      』
神社(神道)は常に祓いの宗教といわれます。
神様の御前に立ちまず「祓へ給ひ 清め給へ(お祓い下さい。清めて下さい。)」
と唱え、知らず知らずに犯した心身の罪・穢れを取り除きます。
そして清らかな姿で「 神奇魂 幸へ給へ(大神様の尊いお力によって、幸せへとお導き下さい。)」と
祈念して唱えましょう。大神様の御神徳を戴き。必ずや良い方向へ導かれると思います。

妻垣神社 祈願絵馬

お正月に併せて今年もともがき会メンバー手作りの祈願絵馬(一体 300円)を奉納いたしました。
昨年は250体を越える多くの奉納を戴きました。

妻垣神社 祈願絵馬

妻垣神社 騰宮學館950名分の卒業名簿

元西日本工業大学教授の沢井正美先生より、約950名分の名簿を頂戴いたしました。 先生は大分県の教育史を研究されており、かつてご自身が研究された騰宮學館の資料等を神社に提供してくださいました。

妻垣神社 騰宮學館950名分の卒業名簿
妻垣神社 騰宮學館950名分の卒業名簿


卒業名簿を拝見すると、有名神社の宮司に始まり、議員、大学教授、校長・教員、実業家など幅広い分野で活躍されていることが判明致しました。

妻垣神社 古事記学会理事菅野先生が参拝

妻垣神社 古事記学会理事菅野先生が参拝

11月13日、(株)朝日旅行主催のバスツアー「古事記ゆかりの地を踏む(大分)」で、東京より古事記学会理事・國學院大學菅野雅雄先生と共に約25人が当社を参拝されました。
先生方は定期的に日本最古の歴史書『古事記』に記載されている地域を廻られているそうで、日本の国生みの段で登場する姫島と宇佐地方を訪問。
特に宇佐地方は神武東征の段で登場する足一騰宮の地であり、その伝承地である当社を立ち寄られた
とのことです。多くの方が共 山の足一騰宮を一目見ようと険しい山道を登り、お参りされていました。

妻垣神社 250枚の絵馬

妻垣神社 250枚の絵馬

今年のお正月は例年になく寒さの厳しい日が続きました。当社でも大晦日から降り続く幸によって、初詣に影響がでるのではないかと総代一同心配しておりました。 しかしながら、神社近くに住む方のお話によりますと、元旦の早朝より、拝殿に下がる鈴の音が止むことなく鳴り続けていたそうです。
また、年末、ともがき会手作りの祈願絵馬に、それぞれの願いを書き、お参りされている光景も多く見受けられました。さて、250枚にもなった祈願絵馬ですが、このまま絵馬掛けに下げた状態にしておくと、雨風によって紐がちぎれ、飛ばされるなど、せっかくの皆様のお気持ちが台無しになりますので、4月4日の元宮祭に併せて祭場を設け、皆様の願いが叶うようにと、神職が祝詞をあげ、火の中に絵馬を焚き入れる「絵馬奉納祭」を執り行いました。

妻垣神社 安心院高校合格祈願祭

妻垣神社 安心院高校合格祈願祭

去る1月15日、大学入試センター試験(16・17日)を目前にして、安心院高等学校の佐藤校長を始め教職員数名が、生徒に代わり、当社で合格の祈願祭を行いました。
祝詞では生徒一人ずつの名前を読み上げ、良い成績が残せるよう御祈願いたしました。
また、担任の先生には生徒皆さんの願いを込めて書かれた祈願絵馬をご神前にお供えしていただきました。その甲斐あってか、ほぼ全員の生徒さんたちが
志望の進路へと進まれたようです。おめでとうございます!

妻垣神社 トイレが完成しました

妻垣神社 トイレが完成しました

昨年11月、長年の懸案事項でありました平和遺族会館トイレ改築工事のご提案を致しましたところ、昨今の経済情勢の中、総額約100万円(宇佐市補助金含む)を越える多大なる浄財を頂戴いたし、工事を11月より開始、去る12月末、平和遺族会館に隣接する形で、新たな水洗トイレが完成致しました。

早速、今年の正月より初詣客や団体の参拝客や団体の参拝者に利用して頂いております。
今回このような事業を行うにあたり、ご賛同・ご奉賛頂きました事、神社を維持管理します宮司・総代長を始め
各地区総代、深く感謝申しあげます。今後気持ちよく使用してい頂く様、ご協力をお願い致します。

垣神社 祈願絵馬ができました

正月に併せてともがき会メンバー手作りの祈願絵馬(一体300円)を製作いたしました。
願い事を書いた絵馬を持って、神社へお参りしては如何でしょうか。

妻垣神社 祈願絵馬ができました

妻垣神社 ともがき会

昨年夏に発足しました「ともがき会」の活動の一部を紹介します。
ここ最近、平和遺族会館の周辺が以前より明るくなったことにお気づきになりましたでしょうか。
去る12月12日、ともがき会メンバーと(有)ガーデン太陽様のご協力のもと、境内の剪定並びに植樹を行いました。
何年も放置して太ってしまった樹木の枝もきれいに切り揃えられました。また、ツツジ・サザンカ・桜などの役50本もの苗木も植えつけられました。5年後10年後が 楽しみです。ともがき会は、このような環境整備活動を定期的に行っていく予定です。

妻垣神社 ともがき会
妻垣神社 清張の足跡をたどって

今年は松本清張生誕百年の年であり、映画やドラマに始まり様々なイベントが全国各地で行われています。 11月29日、宇佐市歴史観光推進協議会主催による『安心院歴史~松本清張生誕百年「陸行水行」の舞台を歩く~』が行われました。

午前10時に何十名もの人が「家族旅行村」安心院 を出発し、下市摩崖仏・鏝絵(こてえ)を巡り、「陸行水行」のメイン舞台である当社へと足を進めました。 正式参拝を行い、秋空の中、ともがき会メンバーによる湯茶の接待での昼食の後、帰路となりました。

妻垣神社 「ともがき会」発足

妻垣神社 「ともがき会」発足

今年7月、神社総代表の諮問機関として氏子数名で結成した「ともがき会」が発足。
毎日第2水曜日夜7時より神社社務所に集まり、神社の環境整備などを話し合っています。
ともがき会は、発足間もない会であり、氏子の皆様のご意見やご協力が必要です。考えにご賛同の方はどうぞご参加ください。